Back Number
人気ブログが集結!
MSC人気コンテンツ GALコレクションはコチラ♪


EXPERT STORY
エキスパートストーリー

オリジナリティ溢れる多彩なドリフトテクニックのショーマンドリフター!(3/4) | ドライバー/風間靖幸

ドリフトに魅了された男、風間靖幸。アクロバティックなドリフトで、日本国内だけでなく、世界でも評価されたドリフターだ。人とは違ったものを目指し、そしてそれを完成させた、彼だから言えるスペシャルインタビュー!!
TOP > エキスパートストーリー > 風間靖幸 > インタビューその3
エキスパートプロフィール
1 / 2 / 3 / 4(最終回)

走ることが好きだったから、ここまで出来た。寝る時間を惜しんで走った日々……。そんな彼だからこそ、人とは違ったワザやドリフトスタイルを生み出すことが出来た。そんな風間選手が、自分の過去を今振り返る第3弾!!
風間靖幸

風間靖幸インタビューその3
「絶妙なドリフトテクニックと独自のアイデアで勝負する」

> MSC(以下省略):ガソリンスタンドからカーショップへ、転職もしましたよね。

風間(以下省略):そう。カーショップに勤めるようになってから、クルマをイジりながら走れる環境が整ってきました。クルマもR32GT-Rから、ツアラーV(JZX90マークU)に乗り換えました。このツアラーは、ほとんど改造はしませんでしたね。ちょうどセダンブームって奴でしたね。その頃は。大会にも出たし、走りにも行った。そして雑誌等の取材も受けるようになったのもこの頃かな。

> たしかにGT-RからツアラーVとなると、本当に人とは違った路線を歩んでいるって感じですね。

僕は変わったクルマでドリフトをしたいと思っていましたから……。しかも価格的にみてクルマには乗りたくないっていう、変なプライドもあったんですよね、その頃は。しかし、JZX90のツアラーVに乗っていた時、今度はJZX100のツアラーVが発売され、JZX90に乗る人も増えてきた。そうなると、自分では違うクルマに乗ってみたくなったんです。それでJZS147アリストに乗り換えました。

> 当時はラグジュアリーカーの代表格的なクルマでしたよね。

でも、このクルマが失敗だった。それはオートマだったことと、まだミッションをやってくれるショップも少なく、出来たとしても載せ換えをするのに80万円かかるといった感じだった。これでは金銭的に無理。それでもオートマのままでドリフトをしていたんだけど、そんな大きなクルマで走れるところもあまりなかったというのも、失敗となった原因のひとつ。だからこのアリストは、4ヶ月くらいしか乗らなかったなぁ。


> それで、またシルビアに戻っていくワケですね。

その頃S14シルビアが発売されて、やはり性能的にも魅力がある。そこで僕もS14シルビアを購入しました。今でいう前期ってヤツです。弟もS14前期に乗っていたということもあって、かなりこのクルマには手を入れました。タービン交換なんかもやりましたよ。ちょうどその頃、織戸さんもS14前期に乗っていて、織戸さんのS14を参考にしながら改造しました。さらに、S14シルビアの後期が発売されると、今度は僕のS14前期を後期仕様にしました。このクルマには3、4年乗りましたね。ドライビングテクニックが一気に上がったのは、このS14に乗ってからですね。自分でもそう感じています。自分にも一番合っていたクルマだと思う。そんな意味では、このクルマと出会えたことは大きかったな。

> しかしクルマはどんどん進化していきましたよね。今度はS15シルビアが発売され、話題を呼びましたね。

S15が発売され、GPスポーツの駒形さんがS15を買ったので、それに乗せてもらったんです。やはりというべきか、もう「いいな〜」という言葉しか出てこない。それで衝動買い的にS15を購入しました。

> S15シルビアのどんな点に惚れたのですか?

S15は、クルマがしっかりしているんですよ。今までのシルビアシリーズもかなり完成されていましたが、どちらかというと乗り手を選ぶクルマ。上手く乗ろうと努力すれば、それなりに走らせることが出来た。しかしS15は違いましたね。「乗れるもんなら乗ってみろよ!」という感じでした。僕の走り屋魂を揺さぶってくれるような……・「なら乗ってやるよ!」と買ってしまいました。

風間靖幸
> 発売から1年もしないうちに手に入れたのですよね。

純正の赤でサンルーフ付。これはこだわって探しましたね。最初はやはり手こずりました。なんせ16インチでしか最初はドリフトが出来ないくらいでしたよ。このクルマは、4年くらいはブーストアップのままで乗っていたが、その後ポン付けタービンを入れて、2.2Lのフルチューンにしました。その頃僕は当時勤めていた「圭オフィス」のクルマでD1グランプリに出場していました。そのクルマもS15だったので、僕のクルマはその練習用として使ったり、足のテストなどにも活用していました。その圭オフィスには、30歳のときに入社しました。そこで足周りのことを勉強させてもらったり、色々なところへ仕事で呼ばれるようにもなり、走る機会も増えました。本当に良い勉強をさせてもらったと思っています。


> その後、圭オフィスから独立して、ロデックスタイルを設立したのですね。

今から約3年前ですね。やはり最後には自分でやってみたいという想いはありましたよね。そこで奥さんが会社の代表となり、名前を「ロデックスタイル」としました。この名前は代表である僕の奥さんが付けたものです。僕が得意とするロデオ乗りとエクストリームスタイルを合わせて作ったものです。今はクルマの販売や修理、チューニング、そして走行会やスクールでの講師などをやっています。

> D1グランプリは、初年度は自分のクルマで出場していましたよね。

そうですね、2年目から圭オフィスのドライバーとして、圭オフィスのS15に乗せていただきました。あのクルマでは幾度も優勝を経験させてもらったり、シリーズチャンピオンも獲らせてもらった。僕は走るのが好きだから、テストで走るのも移動で走るのも楽しかった。モノを作って走ることもすべてが楽しかったですね。(第4回(最終回)へ続く)





エキスパートプロフィール

MSC TOPへ | エキスパートストーリーTOPへ
プリントアウト
※別ウィンドウで印刷用ページが開きます。



ページTOPへ
ログイン 個人情報保護方針 サイトポリシー リンク/広告掲載について インフォメーション お問い合わせ
  Copyright © 2008 MSC Corporation All Rights Reserved.