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オリジナリティ溢れる多彩なドリフトテクニックのショーマンドリフター!(2/4) | ドライバー/風間靖幸

ドリフトに魅了された男、風間靖幸。アクロバティックなドリフトで、日本国内だけでなく、世界でも評価されたドリフターだ。人とは違ったものを目指し、そしてそれを完成させた、彼だから言えるスペシャルインタビュー!!
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世界で唯一のアクロバットドリフター、風間靖幸選手。彼にはドリフトという分野で見せる無敵のドライビングテクニックドライバーという顔の他に、クルマを販売、修理、そしてドリフトスクールの講師といった顔もある。何でもこなす風間選手のすべてに迫る!第2弾!!
風間靖幸

風間靖幸インタビューその2
「自分でなきゃ出来ない走りを目指して……」

> MSC(以下省略):走り始めた当時から、かなり走り込んでいたということですが……。

風間(以下省略):そうですね。仕事が終わると山に行き、山から帰ってくるとそのまま仕事に行くっていう感じ。ほとんど寝ずに走っていましたね。

> それだけ走るとクルマの消耗も激しいですよね。最初に購入したハチロクは、どれくらい乗りましたか?

1台目のハチロクは、1年ちょっとで潰してしまいました。その後はすぐにクルマを購入出来るほど裕福ではなかったので、4ヵ月くらいしこたま働きました。その間は、KPを借りて乗っていました。とにかく走りたかった……。

> その後、またハチロクに乗ったのですね。

今度はAE86レビンのGT-V。今度は当時人気だった「コルス碓井スペシャル」車高調も入ったものでしたが、相変わらすノーマルエンジンにデフなしのスリック4本で走っていましたね。


> ドリフトのレベル的にはどうだったんですか?

もちろんデフ無しですから、今のドリフトと比べるとレベル的には高くなかったと思いますよ。最初と2台目のハチロクでのドリフトは、結局デフ無しのままでした。2台目のハチロクは、知り合いで欲しいという人が現れたので、その人に売却し、その後S13シルビアの1800ccターボを購入しました。このシルビアは、フルエアロやコンピューターも入った当時としては贅沢なクルマでしたね。


> そのシルビアを購入したくらいからサーキットも走るようになったのですね。

このシルビアでは冨士スピードウェイの本コースで行われた、カーショップが主催したグリップの走行会にも参加しました。ちょうど20歳の頃だったと思いますよ。

> そしてついにドリフトコンテストなるものが、登場しそして参戦したのですね。

そうですね。最初は、雑誌CAR BOYの「カーボーイ・ドリコン」に参戦しましたね。ちょうど織戸さん(現GT500ドライバー・織戸学選手)がグランドチャンピオンを獲得した年の最終戦が、僕が初めて出場したドリフト大会でした。

> それからドリフトコンテストに積極的に参戦するようになったワケですね。なぜドリフト大会にのめり込んだのですか?

そうですね。とにかくサーキットでのドリフトは楽しかったですよ、そういったドリフト大会に出場するのは。仲間の輪も広がっていきますし、堂々とドリフトを出来ることが嬉しかった。しかも上手く出来たらギャラリーも沸いてくれる。まさに今のドリフトの原点じゃないのかな。

> S13シルビアから、今度はどんなクルマに乗りましたか?

S13シルビアは、1年半くらい乗ったのかなぁ〜。だけどS13に乗っていても、ハチロクにコーナーであおられることもあった。それでそのS13シルビアを手放して、またハチロクに乗り換えましたね。トレノの後期。


風間靖幸
> そのハチロクでのドリフトを楽しんだ後、今度はなんとGT-Rでのドリフトにチャレンジ。当時はほとんどの人がやっていなかった4輪駆動でのドリフトは、たしかにすごかった。

23歳の時でしたね、R32GT-Rを購入したのは……。当時は憧れのクルマですよ。中古車で440万円するものを知り合いから譲ってもらいました。色ハガンメタで、もちろんローンです。それでせっかくのGT-Rなんだから、ということで4駆のままでドリフトしました。このGT-Rは足回りを変更して、コンピューターまでやったあったブーストアップ仕様でしたね。

> R32GT-Rといえば、その当時、ハイパフォーマンスなクルマでかなり人気も高かった。そんな誰もが憧れるクルマ、夢のようなクルマを23歳の若さで乗っている人は、そうはいなかったんじゃないですか。しかもそれを最高速やグリップでなく、ドリフトに使うっていうのは誰も発想しなかったのでは?

その頃から変わったことをやりたいという気持ちを持っていましたね。だから4駆のままでドリフトに挑戦しましたし、4駆で速いドリフトがしたかった。まあ、勢いで買ったクルマですよね、逆に勢いがなければ買えなかった……かな? このGT-Rは4年半くらい乗ったなぁ。ドリフトもやったけど、グリップでも走ったね。働いたお金はローンとメンテナンス代に消えていく、そんな生活をしていました。

> カーボーイドリコンの他にも、ビデオオプションが主催した「いか天」やヤングバージョンの「STCC」といったドリフト大会も当時人気が高かったですよね。

筑波サーキットで行っていた「STCC」には、毎戦出場していました。その大会では、出場すれば上位6位くらいまでには入っていたと思います。「いか天」も憧れの大会でしたね。(第3回へ続く)





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