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海外という新天地にまた新たな気持ちで飛び込んだ、三木竜二の車人生(1/4) | ドライバー/三木竜二

MSCも応援している新しいモータースポーツ「ドリフト」。そのドリフトという分野で、日本のチャンピオンに輝き、そして今アメリカの頂点を目指して活躍している男がいる。その男の名は、三木竜二。車以外趣味はない! と言い切ってしまうほどの車好きは誰よりもカッコイイドリフトを目指す。
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MSCも応援している新しいモータースポーツ「ドリフト」。そのドリフトという分野で、日本のチャンピオンに輝き、そして今アメリカの頂点を目指して活躍している男がいる。その男の名は、三木竜二。車以外趣味はない! と言い切ってしまうほどの車好きな彼は、誰よりもカッコイイドリフトを目指して走り続けている。海外という新天地にまた新たな気持ちで飛び込んだ、三木竜二の車人生がこれだ!
三木竜二

三木竜二インタビューその1
「ドリフトのビデオを初めて見たとき思わずビビッときちゃったんだ!」

> MSC(以下省略):国内だけでなく、海外のドリフト大会でも活躍中の、常に見るものを釘付けにさせてくれるドライバー「三木竜二」さんが登場してくれました。国内のドリフト大会「D1グランプリ」でシリーズチャンピオンを獲得した後、レースなども経験、そして現在はアメリカのフォーミュラDにチャレンジしている三木さんのすべてに迫っていきます。まず三木さんは、いつ頃から車が好きになったのですか?

三木(以下省略):中学3年のときかな。友達の兄ちゃんの影響ですよね。友達の家に行ったときにCAR BOY(カーボーイ)のビデオを見せられたんです。その友達は僕の同級生だったんですけど、そいつの兄ちゃんがドリフトみたいなことをやっていて、そういうビデオが家にあったから、たまたま見たんですよ。それがドリフトのビデオ(カーボーイドリコンGP)でした。それからですね。車というものに興味を持ち始めたのは……。


> 三木さんの実家は板金塗装屋さんですよね。家には沢山の車が出入りしていたと思うのですが、もっと小さい頃には車に対しての興味はなかったのですか?

確かにね。実家が車屋さんだったから、色々な車は見ていたんだけど、正直そのビデオを見るまでは、車に対してまったく興味はなかったですね。色々な車が家に出入りしていましたが、それを覚えていない位興味がなかったんですよ。本当に全然ですね。不思議でしょ、そんな環境にいたのに。たしかそのビデオには、「卍」さんとか「デブナベ」さんとかが出ていたので、たぶんカーボーイドリコンGP最初の全国大会のビデオだったと思います。

> スポーツランド山梨での大会ですよね。

そう、スポランだった。それで面白いな、凄いなと思ってしまったんですよ。それからですね、車に興味を持ち始めて「ハチロク」がいいな、なんて思うようになったのは。でも家に色々な車が入ってきて見ていましたけど、その後も他の車には興味が沸かない。ひたすらハチロクが欲しいと思いました。

CAR BOY:チューニング雑誌のパイオニア的存在である、CAR BOY(カーボーイ)。すべてのチューニングカーユーザーのあらゆる欲求に答える、チューニング総合誌。毎月15日発売。定価470円(2008年9月現在)。発売元は株式会社八重洲出版。「カーボーイドリコンGP」は、雑誌のなかで生まれたドリフトコンテスト企画。現在は開催されていないが、当時はビデオも発売されていた。
http://www.carboy.jp

スポーツランド山梨:山梨県にあるミニサーキット。中央自動車道「韮崎」ICより約15分。全長1.2kmのコースで、バイクから車まで楽しめる。
http://www.sly-rc.com

ハチロク:トヨタが1983年に発売を開始した、4A-GEU型エンジンを搭載したモデルの型式「AE86」の愛称。ハチロクには、カローラレビンとスプリンタートレノのセダンとハッチバックタイプがある。
> ハチロクは、どのタイプが欲しいと思ったのですか?

2ドアレビンですね。当時は3ドアレビンが人気でしたが、僕は絶対に2ドアレビン派。ハッチバックだと、車が小さく見えるじゃないですか。それが嫌で、絶対に2ドアがいいなと思っていましたね。

> 高校に入ってからはどんな生活を送っていたのですか?

高校は夜間に通いながら、家で仕事の手伝いをしました。だって家が車屋じゃないですか。車のことが覚えやすいということで、家で仕事をしながら高校に通うという生活でしたね。早く車の免許を取って車を買いたい。そのためには働いてお金を貯めることを考えていましたね。

> バイクにも乗っていた時期はありましたよね。

バイクも乗りましたよ。車に乗るまでのつなぎみたいな感じで……。僕が乗ったのは、原付バイクでしたけどね。バイクにはあまり興味はなかったんですけど、それでもバイクに乗ると走りたくなって、峠なんかにも行きましたね。原チャリ峠小僧ですよ。

僕が購入したのはTZR50。レーサーレプリカタイプのバイクですね。そのバイクで家の近くの峠を走ったりしていました。そのバイクでドリフトを見に行ったりもしました。やはり僕ってイジリたがり屋なんでしょうね。そのバイクも、エンジンを壊したときなどは自分で載せ換えもやりました。ボアアップして壊れたりで、エンジンは5基くらい壊して、そのたびに載せ換えました。

TZR50:ヤマハ発動機から1990年に発売された原付きバイク。RZ50をフルモデルチェンジして誕生した、50cc初のフルサイズレーサーレプリカモデル。
> バイクから車が好きになったというのではなく、あくまでも車ありき! の生活だったんですね。

そう、その当時から車をやるためのことを考えての行動でしかなかったんですよ。だからといって、レーシングドライバーに憧れるとかではなく、ただひたすら「ドリフトがしたい」と思っていたんです。実際、よく分かっていなかったんですね。レースとかそういった世界のことも……。

> ということは、車に乗る前に憧れたドライバーとかもいなかったんですか?

まったく……いなかったですね。というか、あまり知らなかった。で、18歳になってすぐに車の免許を取得し、すぐにハチロクを購入しました。本当はレビンが欲しかったんですけど、僕が購入したのは2ドアトレノでした。そのとき手軽な車が、そのパンダトレノしかなくて、それにしたんです。


> 16歳から家で働いていたことが、車を乗り始めたときにも役に立ちましたか?

それは、もちろん! です。車をイジるために家で働こうと思い、「板金と塗装、どっちをやる?」と聞かれたときには迷わず板金と答えたくらいですから。もちろん目的は車をイジることを覚えるということ。メカ的なことは板金屋のほうが覚えますからね。溶接やパテとか色々やりました。

バイクの免許はもったいないから原付どまり。やりたいのは車なんだから、バイクにはあまりお金を使わず、車を購入するためにお金を貯めておこうと思ったんです。免許を取ったその日には、車が置いてありましたよ。車の免許を取得したのも、誕生日に仮免を取って、誕生日の一週間後には自動車免許を持っていました。

最初僕のハチロクは、ノーマルのパンダカラーのままでした。車高調とかも付けていませんでしたね。その頃は、リッチな人しか車高調は入れていませんでした。車高調も今みたいに安いものがなく、高い時代でしたから。だから本当にノーマルでしたね。変更したのはマフラーデフくらい。足はバネをカットしたような感じのもので作っていましたね。(第2回へ続く)

車高調:車高調正式ショックアブソーバーのことを一般的に略して「車高調」と呼ぶ。主にコイルスプリングとオイルダンパーで構成されている減衰装置に、車高を調整するための機能が加わったもの。この車高調の登場によって、車高調整が簡単に出来るようになった。

バネカット:車高やバネレートを変更するために、自分でスプリングをカットするやり方。「ひと巻半カット」などという言葉も生まれたくらい、かつてはポピュラーな方法だった。

マフラー:車の排気ガスが外部へ排気する際の音を低減する装置。消音器やサイレンサーなどとも呼ばれることもある。マフラーには純正マフラーと社外マフラーがあり、スポーツカーなどにおいては機能向上のために社外マフラーに変更することが多い。

デブ:この場合のデフとは、LSDのことを指す。LSDはリミテッド・スリップ・ディファレンシャルの略で、差動制限機能付デファレンシャルギヤのこと。駆動輪の空転を抑え、トラクションや安定性を向上させてくれる。ドリフト走行には必需品といわれるパーツ。
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