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エキスパートストーリー

海外という新天地にまた新たな気持ちで飛び込んだ、三木竜二の車人生(4/4) | ドライバー/三木竜二

MSCも応援している新しいモータースポーツ「ドリフト」。そのドリフトという分野で、日本のチャンピオンに輝き、そして今アメリカの頂点を目指して活躍している男がいる。その男の名は、三木竜二。車以外趣味はない! と言い切ってしまうほどの車好きは誰よりもカッコイイドリフトを目指す。
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エキスパートプロフィール
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ついに悲願であるドリフト日本一の称号を手に入れた、三木竜二選手。ドリフトだけでは飽き足らず、今度はグリップの世界にも入り込む。苦難のなか走ることのみを考えて、色々なジャンル、そしてついにはアメリカへ……。常にチャレンジを続ける男の、スペシャルインタビュー第4弾!

三木竜二インタビューその4
「ついに舞台はアメリカへ! ドリフトダブルチャンピオンを目指して……」

> MSC(以下省略):実際にドリフトからグリップの世界に入ってみて、どうでしたか?

三木(以下省略):色々な面で難しかったですね。でもそんななかで、坂東商会でレースが出来たということはとても面白かったです。良い経験になりました。初めてのことですし、何をやるのも新鮮でした。とにかくレースをしたかったから、そういった面では自分は充実していましたよ。そのとき同じドリフト出身である陽一が、2年先輩としてレースをしていましたから、そういった面でも良かったですね。そのときは僕のほうが楽でしたね。僕は陽一にチャレンジしている感じですから。

僕は年間で5位でチェッカーを受けたのが最高順位でした。2005年のツインリンクもてぎでのレースでした。はっきりいって難しいんですよ、どこも初めて走るコースですし。練習する、車を走らせるお金もないので、テストも出来ない。公式練習からスタートといった感じでした。それで獲った5位は嬉しかったですね。ちなみに新しくなった富士スピードウェイでのレースも参戦しました。そのときはみんな走ったことがなかったので、僕でも予選4番手通過でしたね。レースも6周目までは1番手を走っていたんですが、スリップストリームにやられました。まだ、ろくすっぽレースの駆け引きも使えない素人でしたから。

レースは正直、もうちょっとやりたかったです。次の年もやれたら……と今でも思うこともあるくらい悔しかった。コースもやっと覚えたというときでしたから。

ツインリンクもてぎ:1997年にオープンされた栃木県あるサーキット。オーバルコースとロードコースの2つのコースがあり、スーパースピードウェイと呼ばれるオーバルコースは1.5mile、ロードコースは全長4.8km。常磐自動車道・水戸北スマートICから約30分。
http://www.mobilityland.co.jp

富士スピードウェイ:静岡県にあるコース全長4.563kmのサーキット。2005年にリニューアルオープンされた。東名高速道路・御殿場ICより約15分。
http://www.fsw.tv
>グリップのレースは、総合的にはどうだったのですか?

全然ですよ。1戦目は出場していませんし、2戦目は結局エンジンブローでリタイア。遅いところもありましたし。でも自分的には不完全燃焼です。まだやりたいという気持ちは持っていますね。というより、やりたいです! でもやはりレース資金は苦しいですが、どんな形でも乗ってみたいですね。

>アルテッツァという車はスムーズに乗れましたか?

自分が乗り慣れているFR車ということもありましたが、やはりドリフトとは違いますよね。意識的にどうしてもリヤを出さないようにしちゃうんです。でも今考えると、それがダメだったのかなと。それを生かした走りというのもあったかも知れません。なんせ1年目ですから。すべてが勉強している間に終わってしまった感じです。そういった意味でも、自分でも2年目に対する期待はありましたよ。レースをやめた2006年は、何もしていませんでしたね。それは辛かったです。

>そして次の年はフォーミュラDに出場することになったワケですね。

2007年からアメリカに進出しました。また新たなる地域で、僕の挑戦が始まりました。僕がチャレンジしたのは、フォーミュラDですが、このフォーミュラDは2004年からスタートしたドリフトイベントで、僕は『A’PEX/NITTO DRIFT TEAM』で 4年目から参戦しました。しかし第1戦からのスタートではなく、第2戦からの参戦となりました。

初めてのチーム……、しかもこのチームもやることが初めてだったんです。もちろん何に対しても、最初から上手くいくということにはなりませんでした。車作りの面でもぶつかることもありました。フォーミュラDも4年目を迎え、体制も整ったチームも多く、それに対抗していくには、中途半端なマシンと気持ちでは到底かなわない。だから僕も必死でした。敵は大きかったですね。フォーミュラD自体すでにBIGイベントになっていましたからね。

>アメリカではどんなサーキットが好きですか?

バンクがないところが良いですね。僕が今乗っているFD3Sはパワーがないので、バンクがきつい。バンクだとパワーの差が大きく出てしまう。それが嫌ですね。

フォーミュラD:2004年からスタートした、アメリカ独自のドリフトイベントで、正式名称は「Formula Drift(フォーミュラ・ドリフト)」。アメリカ全土でシリーズ戦を繰り広げる、アメリカで最もメジャーなドリフトシリーズ。

バンク:オーバルコースなどでお馴染みのバンク。このバンクは、スピードを落とさずに、曲がることができるようにするため、斜めに盛り上がりを付けた形状のコーナーのことをいう。アメリカでは、オーバルコースが多く存在するため、このバンクが付いたコースでもドリフト大会が行われている。フォーミュラDが行われているバンクのあるコースは、LAのアーウィンデール、シアトルのEVERGREENスピードウェイ等。

FD3S:マツダが1991年に発売を開始した、ロータリーエンジンを搭載した車。2002年まで発売された。1985年から1991年まで発売された、FC3Sの後継車。
>アメリカで走っていて一番困ったことは何ですか?

やはり言葉ですよ。僕は英語がほとんどしゃべれない状態で行きましたから。今は勉強中ですが、まだまだですね。言葉がしゃべれれば、もっと上手くいくという部分もあったと思いますね。でも今年は2年目なので、昨年よりは色々な面で良くなっていると思います。もう今年も残すところあと2戦ですし(9月10日現在)、僕の本当の勝負は来年だと思っています。来年はニューマシンも投入しますしね。今製作中なんですよ。その車が出来てからです。そっからじゃないですかね。

>これまでのフォーミュラDでの最高順位を教えて下さい。

6位が最高ですね。予選ではもっと良いところをいっても、決勝で思うようにいかなかったり……。まだ表彰台に乗っていないんです。昨年はシリーズ14位でした。今年は現時点で(9月10日現在)11位です。もうシリーズチャンピオンは苦しいですが、シード権は守っていき、とにかく来年に繋げたいですね。

日本のD1グランプリでもそうですが、アメリカのフォーミュラDも、ベスト10に入っているドライバーは、抜けて上手いですね。はっきりいって別格です。アメリカではパワーのあるアメ車のほうが注目を浴びがちですが、そのなかで日本車で勝負しているし、そこでなんとかしたいと思っていますよ。

>思い出に残る大会とかありますか?

全戦気合を入れていますので、どの大会も思い出に残っています。それは良きにしろ悪しきにしろ……です。そうですね、強いてあげれば、夜に走ったラスベガスなんて、ちょっと変わっていましたね。練習日は夜の10時から走ったり。夜の大会は盛り上がりますよ。ギャラリーもドライバーの気分も。

春口は今スポット出場という形で、フォーミュラDに参戦しています。他にも日本人ドライバーも多く出場しています。でもアメリカ人ドライバーも、ドリフトというものにテクニック面でも車作りの面でも真剣に取り組んでいますので、トップ争いは過酷ですね。そういったなかで、ドリフトでアメリカンドリームを掴むというのは難しいですが、アメリカで走っている以上、チャンスはあります。

ドリフトといえど、アメリカにはアメリカのスタイルがありますから、日本の考えをなるべく持っていかないようにしてやっています。アメリカに受けるドリフトっていうものはたしかに意識しています。


>これからの目標を聞かせてください。

レースもドリフトも出来るという人は、織戸学選手と谷口信輝選手のふたりだけですから、僕のボスはこのふたりだと思っています。たしかに僕もあのふたりを目指したいと思っていますが、年齢的に厳しいでしょうね。だから僕は、今僕が出来ることを精一杯やってみたいと思っています。もちろんグリップでも走れるようになりたいという気持ちを捨てたワケではありません。スーパーGTとまではいわなくても、その手前くらいまでは乗れるようになりたいです。たしかに金銭面やスケジュール的に厳しいところはありますが、グリップとドリフトの両方で活躍出来るようになれたら……とは今でも思っていますよ。

ずばり今目の前にある目標は、アメリカチャンピオンです。日本ではチャンピオンを獲りましたので、アメリカでも頂点を獲りたい。まだドリフトの世界で、2ヶ国でチャンピオンを獲ったヤツはいませんからね。これが出来たら結構面白いと思っているんですよ。だから絶対に達成させたいですね。

たしかに僕は、これまで運が良かったと思います。鳥取から関東に進出してD1グランプリでチャンピオンを獲ることも出来ましたし、またこうしてアメリカでチャンピオンを目指して挑戦している。これも周りの人たちの協力があってこそです。ひとりではもちろん出来ません。だからまた、チャンピオンという形でみんなにお返ししたいと思っています。(了)

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