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> 小さい頃はどんなクルマが好きだったか、なんてことは覚えています?
う〜ん、そうですね。マニアックなクルマが好きだったというのを覚えています。アルピナとか……。「クルマ大百科」っていう小さな本があって、そこに書いてあるスペックを見るのが好きでした。そのなかでもスペックが良いクルマが好きでした。
> やはり少年時代といえば、自転車やスポーツなどにも興味を持つと思いますが、松井選手はその辺どうでしたか?
そうですね。やはりみんなと同じように、子供の頃は自転車に乗って遊びまわっていましたね。僕が乗っていた自転車はBMXで、自転車に乗って飛んだり跳ねたりするヤツでした。それから中学に入り、モトクロスをやっているヤツに出会い、そいつと友達になったのがきっかけで、中学の頃はほんのちょっとだけモトクロスもやりました。でもモトクロスはそんなに上手じゃなかったのですが…。
スポーツはサッカーをやった時期もありましたが、基本的にはやはり乗り物が好きでした。自転車とかバイクとか。それで16歳の誕生日にバイクの免許を取得しました。免許を取った日に、友達からTZR50を借りてしばらくそれに乗っていましたね。
それからすぐ中型免許を取りました。中型免許を取ると、中学のときにモトクロスを一緒にやっていた友達の親父さんからKDX200というオフロード車を譲り受けました。しかしそれを乗っていた頃、何故かスピードの速いレーサーレプリカに目覚めたんです。CBRとかNSR250Rとか……ですね。そんなバイクで、友達とワイワイやりながら走りまわったり、イジったりしていました。
それから高校3年生になったくらいのときだったかな? バイクのヒザスリを知り、それをやるようになりましたね。このヒザスリというのは、ハングオンスタイルで走っている最中にバイクを思いっきりバンクさせて、出したヒザを路面に擦るというもの。その頃はレーサーレプリカブームで、バイクのレースシーンに憧れてみんなでやっていましたね。僕はNチビと呼ばれていた、NSR50というバイクでやっていました。
そんなことを始めてからは、都内の走り屋が集まるスポットに走りに行くようになりました。夜中から行って埠頭系を走り、日が出てきたらまた別のスポットを走るというようなことをやっていました。
> ドリフトとの出会いはどのような形だったのですか?
バイクの走り屋を一生懸命やっていたのは半年くらいですね。1年もやっていなかったと思いますよ。それから18歳になる半年くらい前に、先輩がS13シルビアを購入したんです。そのシルビアはCAでした。それでその先輩から『ちょっと走りに行こうよ』と誘われ、僕がNチビに乗り、先輩がシルビアで走り屋スポットに行くことになりました。そこに向かう途中で、先輩がいきなりドリフトを始めたんですよ。「何それ!」と正直思いましたね。その日を境に、僕はバイクのヒザスリには行かなくなり、先輩の横(助手席)で峠とかのクルマの走りを見に行くようになりました。
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