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エキスパートストーリー

HEROになるために…、勝つ事に誰にも負けない執念を燃やす(1/2) | ドライバー/松井有紀夫

2008年に登場した、MSCチャレンジ・スーパークラス。Mチャレ史上最高峰の戦いにおいて、シリーズチャンピオンを見事獲得した男、それが松井有紀夫だ。爽やかな笑顔を振りまきながら、過激などリフトを続けた男・松井のドリフト人生がここにある。
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エキスパートプロフィール
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MSCチャレンジ2008  スーパークラス シリーズチャンピオン  松井有紀夫[東京都]

2008年からMSCチャレンジに、また新たなクラスが誕生した。2006年からスタートしたMSCチャレンジは、ビギナークラス・ミドルクラス・エキスパートクラスの3つのクラスでシングル戦を行ってきたが、最上級者が目指す『スーパークラス』を追加したのだ。

このスーパークラスには、2007年度までのMSCチャレンジ・エキスパートクラス地区大会において3位以内に入賞したことのある選手、全国大会のエキスパートクラスで6位入賞を果たした選手、そしてそれらに匹敵する成績を持ち、MSCが認めた選手のみが参加出来るというクラスである。

今までMSCチャレンジのシングル戦では、単走の審査を行ってきた。しかしこのスーパークラスのトーナメント戦では『チェイスバトル』と名づけられた対戦型で勝敗を決めるという、アグレッシブで見ごたえある形で行うというものだ。しかも各戦の優勝賞金は20万円、シリーズチャンピオンは100万円が贈られるという、まさにスーパーなドリフト大会だ。

この『スーパークラス』の初年度チャンピオンを狙い、続々と全国のウデ自慢のドリフターが参戦を表明。初年度から活気ある大会となった。

そんなスーパークラスで、初年度チャンピオンに輝いたのが、セリカ顔のスープラという個性的なマシン(エビスのみS15顔RPS13で出場)でチャレンジしてきた松井有紀夫選手。優勝1回、2位3回という堂々の成績でのスーパークラス制覇は、まさに初年度チャンプの称号にふさわしい見事な勝ち方だった。

そんな松井選手に、これまでのドリフト人生、2008年のこと、そして今年の抱負などをインタビューした。2009年、また新たなシリーズチャンピオンを目指す君はもちろん、クルマ好きな人もぜひ参考にして欲しい。

2008年に誕生したスーパークラス、そのチャンピオンが今、語る!! 『僕はヒーローになりたいんです。だから誰にも負けたくないし、負けない気持ちを強く持って、大会に挑み続けます』
松井有紀夫

松井有紀夫 新春特別インタビューその1
「松井有紀夫選手の少年時代は自転車やバイクに明け暮れる日々だった…」

> MSC(以下省略):昨年はスーパークラス最終戦の優勝、そしてシリーズチャンピオン獲得、本当におめでとうございます。さて、今回はドライバー・松井有紀夫選手のすべてに迫ってみたいと思います。まず始めに、クルマは小さい頃から好きだったという松井選手ですが、子供の頃はどんな感じだったのか、教えて下さい。

松井(以下省略):赤ちゃんの頃から、車輪のついているものは大好きだったようですね。最初はやはり、ミニカーとかそういったものからクルマというものに接していったのだと思います。


> 小さい頃はどんなクルマが好きだったか、なんてことは覚えています?

う〜ん、そうですね。マニアックなクルマが好きだったというのを覚えています。アルピナとか……。「クルマ大百科」っていう小さな本があって、そこに書いてあるスペックを見るのが好きでした。そのなかでもスペックが良いクルマが好きでした。

> やはり少年時代といえば、自転車やスポーツなどにも興味を持つと思いますが、松井選手はその辺どうでしたか?

そうですね。やはりみんなと同じように、子供の頃は自転車に乗って遊びまわっていましたね。僕が乗っていた自転車はBMXで、自転車に乗って飛んだり跳ねたりするヤツでした。それから中学に入り、モトクロスをやっているヤツに出会い、そいつと友達になったのがきっかけで、中学の頃はほんのちょっとだけモトクロスもやりました。でもモトクロスはそんなに上手じゃなかったのですが…。

スポーツはサッカーをやった時期もありましたが、基本的にはやはり乗り物が好きでした。自転車とかバイクとか。それで16歳の誕生日にバイクの免許を取得しました。免許を取った日に、友達からTZR50を借りてしばらくそれに乗っていましたね。

それからすぐ中型免許を取りました。中型免許を取ると、中学のときにモトクロスを一緒にやっていた友達の親父さんからKDX200というオフロード車を譲り受けました。しかしそれを乗っていた頃、何故かスピードの速いレーサーレプリカに目覚めたんです。CBRとかNSR250Rとか……ですね。そんなバイクで、友達とワイワイやりながら走りまわったり、イジったりしていました。

それから高校3年生になったくらいのときだったかな? バイクのヒザスリを知り、それをやるようになりましたね。このヒザスリというのは、ハングオンスタイルで走っている最中にバイクを思いっきりバンクさせて、出したヒザを路面に擦るというもの。その頃はレーサーレプリカブームで、バイクのレースシーンに憧れてみんなでやっていましたね。僕はNチビと呼ばれていた、NSR50というバイクでやっていました。

そんなことを始めてからは、都内の走り屋が集まるスポットに走りに行くようになりました。夜中から行って埠頭系を走り、日が出てきたらまた別のスポットを走るというようなことをやっていました。

> ドリフトとの出会いはどのような形だったのですか?

バイクの走り屋を一生懸命やっていたのは半年くらいですね。1年もやっていなかったと思いますよ。それから18歳になる半年くらい前に、先輩がS13シルビアを購入したんです。そのシルビアはCAでした。それでその先輩から『ちょっと走りに行こうよ』と誘われ、僕がNチビに乗り、先輩がシルビアで走り屋スポットに行くことになりました。そこに向かう途中で、先輩がいきなりドリフトを始めたんですよ。「何それ!」と正直思いましたね。その日を境に、僕はバイクのヒザスリには行かなくなり、先輩の横(助手席)で峠とかのクルマの走りを見に行くようになりました。

> そんな状態で、18歳になって普通自動車免許を取得することを心待ちにしていたワケなんですね

誕生日前から自動車教習所に通い始め、誕生日には仮免許を取得しました。とにかく速攻でクルマの免許を取りに行ったというのを覚えています。それで免許を取る前に、紫のハチロクを購入したんです。エアロも付いていないものでしたけど、LSDだけは入っていました。そのハチロクは、バイクに乗っている頃から貯めていたお金で買いました。そのクルマで、免許を取得したその日に、東京のとある走り屋スポットに行きました。それが初めてクルマで走った日となりました。

> そのハチロクの後には、どんなクルマを乗り継ぎましたか?

紫のハチロクを約半年乗った後、白のCAシルエイティに乗り換えました。そのクルマには1年弱乗りましたね。しかしその後、やはりハチロクに乗りたくなり、またハチロクを購入しました。すると今度はハチロクにパワーの無さを感じ、ターボがいいなと、今度はSRエンジンを搭載したサフェーサーカラーのセフィーロに乗りましたね。しかしセフィーロに乗ったら乗ったで、動きはハチロクのほうが良いと思い、ハチロクに買い直したり……最初の頃はそんなことをやっていましたね。

そんな感じで僕は、ハチロク→CAシルエイティ→ハチロク→セフィーロ→ハチロク→SRシルビア→S14前期と乗つ継いで、今では180SXで落ち着いています。その180SXは、購入してから3、4年が経ちましたね。

> クルマを作る上で、松井選手がポイントにしていることってありますか?

最近はある程度データを取るようにはしているんですけど、やはり感覚的に楽しく踏んで楽しく乗れるクルマ作りを心がけるようにしていますね。この楽しく踏んで楽しく乗れるクルマというのは、やはりレスポンスの良さと操作範囲の広いクルマです。

> そういったことの完成形と言えるのが、今乗っているS15顔の180SXといえるのでしょうか?

そうですね。あのクルマは、今でもかなり良い感じで乗れていると思います。

ヒーローになること! それが最大の目標であり夢でもある!!
> 松井選手といえば、やはり『ヒーローになります!』という決め台詞があるじゃないですか。あれはいつから考えていたものなんですか

ヒーローになりたい! っていうことは、前々から心のなかで思っていたことですが、たしかにあまり口に出したりしていませんでした。一番それを前に出すようになったのは、3年前のオートサロンの後の打ち上げでのことだったと思います。

その頃僕は、レーシングドライバーの織戸 学さんとはほとんど面識がなかったのですが、打ち上げで一緒に飲んでいて、織戸さんに『松井、お前は一体何をやりたいんだ?』と聞かれたんです。そこで僕は織戸さんに向かって一言、『僕はヒーローになりたいんです』と。それをそのとき何回も織戸さんに聞き返されたりして、『ヒーローになりたい』という言葉が印象に残ったんだと思います。

それから織戸さんと会うたびに『松井、お前は何になりたいんだっけ?』と聞かれるようになり、そのたびに僕は『ヒーローになりたいです』と答えるようになりました。それが、ヒーローになるという言葉を言い出すキッカケとなり、僕が小さい頃から思っていた『クルマに乗って、ヒーローになりたい』という夢を素直に出せるようになったのです。

松井有紀夫選手とMSCチャレンジ!
> MSCチャレンジが始まったのは2006年ですが、その年にエキスパートクラスで3連勝という偉業を成し遂げたのは記憶に新しいですね。そして今度はスーパークラスシリーズチャンピオン獲得と、今、波に乗っている感じがしますね。

そうですね。2006年のMSCチャレンジは、開幕戦の茂原ツインで優勝してから、その後出場した日光、エビスと3回連続で優勝出来ました。

MSCチャレンジというのは、みんなが誰でも出場出来る大会じゃないですか。ですから地元マイスターと言われる、そのサーキットで最も上手いと言われるドライバーも参戦してくる。そんな人たちと戦える大会というのが今少なくなっていますよね。でもMSCチャレンジでは、地元のウデ自慢がこぞって出場してくる。そういう意味でもMSCチャレンジは面白い大会ですね。誰でも出られるのがイイ。

そんなMSCチャレンジが出来た初年度は、正直負ける気がしませんでした。生意気かも知れませんが、連勝をしていたときって本当にそうだったんです。あのときはすごく自信がありました。

> あの年(2006年度)の松井選手は、クルマ自体もかなり仕上がっていたということで、それが自信の裏付けにもなったとか?

あの年に使っていたRPS13は、今ではパワーを上げちゃっているんですが、その前の段階だったということもあり、クルマのパワーバランスがすごく良い形で取れていたんだと思います。パワーとクルマのバランスが非常に良かったんです。だから勝つことも出来たし、僕の自信にも繋がったというのは間違いないですね。

> そして2008年度、MSCチャレンジから生まれた新しいクラス、最上級のスーパークラスへチャレンジしてきました。

はっきりいって、初年度シリーズチャンピオンという称号が絶対に欲しかったという気持ちで、スーパークラスへは全戦参加しました。このシリーズ戦が始まる前から、絶対に獲ってやるという気持ちで挑んだので、本当に獲れて良かったです。(第2回へ続く)


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