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Mチャレ出場者がドリフト世界デビュー! マカオGPで、魅せた、湧かせた!!(1/2) | ドライバー/望月大地

常に攻める過激なドリフトスタイルで、日本全国のサーキットを攻めまくった望月大地選手。その彼が世界で注目を浴びた瞬間、そしてこれまでのドリフト人生をインタビューしてきたぞ!!
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エキスパートプロフィール
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ドリフトを始めてわずか1年で、MSCチャレンジ・エキスパートクラスで優勝し、一躍注目選手となった男、それが望月大地。そして3年目の2008年11月、誰もが憧れる『マカオGP』でドリフトショー世界デビューを果たした。
常に攻める過激なドリフトスタイルで、日本全国のサーキットを攻めまくった男の、世界で注目を浴びた瞬間、そしてこれまでのドリフト人生をインタビューしてきた。
望月大地

望月大地 特別インタビューその1
「2008年、MSCチャレンジに出場し活躍した選手が、マカオGPドリフトショー出場選手に選ばれた!」

> MSC(以下省略):2008年は、MSCチャレンジ スーパークラス・シリーズ4位、そしてマカオグランプリでのドリフトショー世界デビューなど、印象的で忙しかった1年でしたね。

望月(以下省略):はい、おかげ様で2008年からスタートしたMSCチャレンジの「スーパークラス」にフル参戦し、シリーズ4位という成績を残すことが出来ました。それに、マカオGPでのドリフトショー出演をさせていただけるなど、本当に良い1年でした。


> まだドリフトを始めてから日が浅いということですが、実際にはどれくらいになるのですか?

今年で4年目ですね。僕がドリフトをするためにソアラに乗り始めたのが、2005年10月くらいだったと思います。それでドリフトを始めて1年目に出場したMSCチャレンジで、優勝したのが2006年10月です。そして3年目の2008年に、マカオGPでのドリフトショー出演のお話をいただきました。

> マカオでのドリフトショーの話が来たときは、どんな感じでしたか?

いや、もう突然でしたから……。最初に「マカオGPというのがあってね。知っていますか? そこでドリフトショーをやることになったのですが、出てみない?」とMSCからお話をいただいたときは、何がなんだかわからないという感じでした。


最初僕は「あ、あっ、もうぜひとも……」という答え方だったと思いますが、その電話を切った瞬間ですよね。もうかなり浮かれていたと思います。自分はバク転とか出来ないのですが、バク転をしちゃおうか! ぐらいの喜びがこみ上げてきましたね。とにかく嬉しかったです。


マカオGPに、まだ誰もやったことのないドリフトショーで出られるという嬉しさはもちろんあったんですけど、僕が今までやってきたことがこういう形で実を結んで、それがまた嬉しかったです。

> マカオGPでドリフトショーをやりたいというのは、レーシングドライバーの織戸 学選手がずっと言ってきたことです。その織戸選手がWTCCに出場するので、ドリフトデモランには参加できない。そこでみんなで話し合って、出場選手を選出しました。そのときに望月選手の名前が挙がったのです。

本当に「まさか自分が……」と最初思いました。他にもドリフトが上手いドライバーは沢山いますし。でもこれが、これまで僕がやってきた結果なのだと思いました。僕のやってきたことを見てくれていたんだ、と……。


僕のドリフト人生は、たしかに他の人から比べたらまだまだ短いものですが、内容はかなり濃いものだと思っています。その中で楽しさや喜びもありましたが、悔しい思いもかなりしてきました。もうやめてやろう……と思う時期もありましたよ、正直。


でもやっぱりそれを乗り越えたことによって、マカオGPのドリフトショー出場までたどり着けたのだと。僕はドリフトを今までやってきて、良かったと正直に思いました。

> 大会にはかなり出場していましたが、こういったドリフトショーは初めてだと思いますが、走行会などでデモラン的なことは今までやったことはありましたか?

実は僕、これまでにドリフトのデモランとかをやったことがなかったんです。マカオGPが、自分にとっての始めてのデモランだったんですよ。MSCとしてもかなりの大抜擢だったんじゃないですか? だからマカオGPで、絶対にそれに答えなければならない。


そこで練習をしましたね。同じ東京のドリフターである松井クン(松井有紀夫選手・S15顔のRPS13 180SXやセリカ顔のJZA80スープラで活躍中)にもアドバイスを受けたりしました。なんといっても彼は、デモランというものを経験していますからね。だから僕は「デモランってどういう風にやるの?」と、そこから聞きました。


彼もああいう性格ですから、話をしているうちに「じゃあ実際に走ってみようよ」と言ってくれて、一緒に走りながらああしよう、こうしようと教えてくれました。広いスペースで、定常円旋回をやったり、8の字をやったり……本当に基礎的なことから始めました。彼なんか、すでに様々な大会で勝ったりして、スーパーヒーローなのに、一緒に基礎的な練習に付き合ってくれましたね。そのときに、ドリフトショーでは絶対不可欠な『合わせるテクニック』を教えてもらいました。


でも練習だけではもの足りないと考えた僕は、実際のドリフトショーを、マカオGPまでに見ておきたいと強く思いました。

> そこで、岡山国際サーキットで行われたWTCCのときのドリフトショーにスタッフとして参加したんですね。

はい、そうです。そういったデモランには、経験も必要じゃないですか。それで僕は、岡山国際サーキットで行われるWTCCで、谷口さんと三木さんがデモランをするということを聞き、「もし良かったら手伝いとして連れて行って下さい」とお願いしました。デモランの色々な面が見たい。走るときはもちろん、打ち合わせなどにも立ち会いたかった。これも本番をしっかりやりたいという思いがあったからです。


岡山国際サーキットのドリフトショーを、間近で見た経験は大きかったですね。たしかに僕は手伝いとして行ったので、デモラン自体を見るどころではなかったですが…。でも僕的には、あの岡山国際サーキットでの体験が、本当に良い予行練習になりました。ドリフトショーの内容、段取り的なものも含め、色々と分かりましたから。


それに走りの構成をする打ち合わせにも立ち合わせてもらい、その経験がマカオでは生きたと思います。もっとこうしよう、ああしようと、1日目が終わった夜に2日目の打ち合わせをする。少しでもショーを良くしようと考えるドライバーとスタッフのやり取り、その熱気が肌で感じられました。僕自身も、この岡山国際サーキットでのドリフトショーをなんとしても、少しでも良いものにしたいという気持ちを持って関わることが出来ました。ひたすら耳を大きくして、色々なことを吸収しようとしました。


そしてこの岡山国際サーキットに行ったことによって、谷口さんとも話すことが出来ました。これも大きかったと思います。短い時間でしたが、谷口さんから沢山のことを教えてもらいました。それはかなり濃い時間だったと思います。

> そのWTCC開催時の岡山国際サーキットでのドリフトショーから半月後、マカオGPでの本番が始まります。緊張していましたか?

もちろんです。しかもマカオGPドリフトショーの前に、MSCチャレンジ・スーパークラスの最終戦がありましたから。その頃は、この大会へのプレッシャーも大きかったですね。なんせマカオGPには、MSCの選手代表として行くのですから。


日本からは、僕と山下広一さんのふたりで行くことになっていました。そんな中で僕が最終戦で予選落ちなんかしたら、本当にシャレにならないと思っていました。


「本当にあの人が選ばれてマカオGPでドリフトするの?」みたいになってしまう。MSCや関係の人にも、ここで結果を見せておきたいという気持ちもありましたから……。出来ることなら優勝したかったんですが、なんとか表彰台には上ることが出来ましたし、ひとまず良かったです。

> その最終戦では、辛かった戦いはありましたか?

正直、予選からきつかったですよ。でも1番は、トーナメント準決勝で松井クンと対戦したときですね。ここでこいつに勝ってやろうという気持ちを持っていましたからね。最終戦に向けて、自分の走りを決めるために茂原ツインサーキット(千葉県)には、散々練習に行きましたし、ね。


でもあの日の松井クンの走りは素晴らしかったと思いますよ。彼の気持ちも強いな、と感じましたね。優勝してシリーズを獲るという気持ち。それが強く良い方向に現れていたと感じました。もちろん自分が、気持ちで負けているとかそういうのではなく、こいつは強いな……と。

> スーパークラスで1年間戦ってきたワケですが、望月選手にとってスーパークラスはどんなものでしたか?

スーパークラスに出場したことによって、2008年はとても有意義な年になりました。僕は昔から「勢いだけのドリフト」といわれることが多かったんですが、そこから成長することが出来た年だと思います。


基本的に僕のドリフトスタイルは「一か八か」なんですが、そんな中でもかなり抑えるところは抑えたり、走りを考えるようになりました。なんせ2008年は、僕のソアラのフロントバンパーが一度も壊れなかったのですから(笑)。魅せて抑える走り、走りのポイントというものを、この1年で身に付けたのだと思います。

> MSCチャレンジ最終戦が終わったときから、頭はマカオGPでのドリフトショーに切り換えたのですね。マカオGPで走るということは、日本でのドリフト大会に出場するのとでは勝手が違いますからね。

そうですね、すべてが初めてでした。マカオGPで僕が乗る車は、香港のジェームスが用意してくれたZ33。ジェームスとはマカオGPのレースにも出場し、僕たちとドリフトショーにも出場したドライバーです。


マカオが初めて、デモランが初めて、そしてZも初めて……。そんな中で絶対にミスは許されないという状況で、マカオGPでのドリフトショーがスタートしました。僕の他に日本から選手として、大先輩である山下広一さんが行きました。僕にとって、山下さんがいてくれたことが、本当に良かったです。


これが例えば同じ年くらいとか、よく戦っている松井クンとかだったら、自分の中の負けん気が出て、自分の悪いところも出ちゃったかも知れなかったですね。山下さんはアニキみたいな存在ですから。それに色々なことを教えてもらいました。人生の先輩です、山下さんは。


良いものを魅せたいと、山下さんと車のことやフォーメーションなども含め、色々と話合いました。もちろん海外でドリフトをすることも初めてですし、ドライバーとして自分の車以外に乗るというのも初めてです。今まではずっとプライベートで走ってきたワケですからね。


僕の乗る車には、すでに自分の名前を入れてくれていましたし、スタッフがタイヤ交換をしてくれて、シートベルトの調整までしてくれるという環境も初めてだったので、自惚れそうにもなりましたけど(笑)。


でもその「すべてが初めて」ということに、僕は魅力を感じていたのも事実です。「ならやってやろうじゃねーか!」とかなり気合が入っていました。


Z33という車は、僕的には思っていたよりかなりクイックに動きました。Z33には重いというイメージを持っていたのですが、それが意外と重くない。エンジンはNAなので「上がない」と少しだけ物足りなさはありましたが、トルクはありましたね。ドリフトが思ったように出来ましたから。


ドリフトショーで避けなければならないこと、それはクラッシュです。そんなことは絶対に出来ない。たしかにそういったことにも気を使って乗っていたと思いますが、僕の中では自分の力を出せて走ったと思いますよ。


色々な経験が出来る人って、僕は強いと思っています。その経験を生かさなくてはいけない。そんなことも含め、これからの僕に自分でも期待しています。

> マカオGPのコースを走って、思ったことはありますか?

たしかにギャラリーの多いホームストレートでの演技も良かったのですが、僕的にはコースインして「一周ドリフトをしていいよ」と言われたときが嬉しかったですね。あれはやっぱり楽しいというか、普通に考えて、今MSCなどの大会に出てドリフトをやっている人の中で、マカオGPのコースをドリフトをして走れるかといったら、お金を払っても走れないわけですから、その経験は大きいですよ。


今でもそのシーンは頭に焼きついていますね、コーナーのすべてが。織戸さん、谷口さんが、マカオGPでドリフトをしたいと言っていたことが、身をもって分かりましたね。あそこは楽しいですね。もっと技量をアップして、全コーナー白煙を上げながらド迫力で抜けていったら、こんな楽しいことはないと思いますね。もちろんマカオGPのギャラリーがいての話ですが…。

> マカオでは、織戸さんも応援してくれましたね。

織戸さんは、僕たちドリフト出演者に色々声をかけてくれましたし、ミーティングにも顔を出してくれたり、食事も一緒にしたりしてくれました。そこで色々と話をしてくれて、心の支えになってもらいました。とにかく良い経験でしたね。なんかこう、マカオへ行って、さらに織戸さんと話すことが出来たことも、僕にとって良かったと思います。


すべてにおいて、良い方向に導いてくれたのが、このマカオGPでのドリフトショーだったと僕は思っています。本当に関係者の方には感謝、感謝です。


世界のトップドライバーが集まっている中で、僕にもサインを求めたり、写真を一緒に撮りたいと言ってくれたりする。自分の走りを見てくれた人が、それまでまったく知らない僕の走りを喜んでくれたことに、本当に感動しました。


あんなに大勢の人が、僕の走りを見てくれた。これは口では言えない快感がありましたね。それに伴って、もっと僕は頑張らなければと、今思っています。マカオGPで応援してくれた人たちに、これからも答えなければならない。これからの僕の成長に期待して下さい。

> 今回は日本人ドライバーだけでなく、香港ドライバーとのコラボレーションでショーを開催しました。その辺での苦労とかはありましたか?

言葉以外での苦労はありませんでした。周りにいたスタッフや関係者の方に、本当に良くしてもらいましたので。香港ドライバー2人との交流が出来たことも良かったですね。


日本人4名でドリフトショーをやるのは、言葉とかスタイルも含め簡単かも知れません。でも今回のように、国際交流の中でドリフトをやる。そういった言葉の壁やスタイルの壁を越えて一緒にドリフトショーを演じるということは難しいことだと思います。でもその壁を越えてやったということに、僕は誇りを感じています。


もちろん彼らもすごい良い人で、努力家で、ウエルカム的な感情を全身で表現してくれたので、とてもリラックスできたのも事実です。最初はやはりなかなかしゃべれないということもありましたが、一緒にご飯を食べたりしているうちに、仲良くなりました。冗談も言いますし、ふざけたこともやりますし、楽しかったです。(第2回へ続く)

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