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「ムカッ」ですか(笑)。当時から負けん気も人一倍だったんですね。
柳井ではスクーターのトップタイムは37秒台くらい。ボクがDJ1-RRに乗ったら36秒5。ブッちぎりのタイムが出たんです。バイク屋で「36秒5が出たよ」っていったら、またまた社長に「嘘つけ!」っていわれて(笑)。でも、第3戦はNSR50とDJ1-RRでダブルエントリーしてどっちのレースも勝ちました。そこからは地元、広島県のミニバイクレースで勝ちまくっていましたね。
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その当時、全国レベルの大会に出場するチャンスは?
18歳の時に、ホンダが主催するミニバイクレースの全国大会があったんです。まず広島県代表を決める予選に出場して、NSR50スプリント、耐久、スクーターの3種目で本戦出場の権利を取りました。鈴鹿の全国大会は140台が一気にスタートするようなレースなんですけど、スクーターでもNSR50でも1位になりました。
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2輪の業界内で引く手あまたの状態だったんじゃないですか?
でも当時はレーサーになる気もさらさらなかったんですけどね。そのころのボクは、レースは趣味でやるには楽しいけど、仕事にするとしがらみとか責任があって面倒だなって思っていたんです。ミニバイクレースで成績がよかったから、大きいバイクのレーシングチームから誘いもありました。でも、「イヤだ! ボクは趣味でレースをやっていく!」って断っていたんです。
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そんな夢のような話を断るなんて、もったいないとは思いませんでした?
ホント、そうですよね。生意気なことをいっておきながら、今はどっぷり4輪レースの世界にいますから(笑)。当時のボクを知っている人が見たら、「あれ?」って感じでしょうね。たまに「あのままバイクの世界に行っとけばよかったんじゃないか?」って思ったりすることも・・・あっ、これ冗談ですよ(笑)。
DJ1-RR:80年代にスポーティーな走りとスタイリングで人気だったホンダのスクーター、DJ-1シリーズのハイスペックバージョン。当時のミニバイクレースにおいては最強、最速のマシンであった。
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