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EXPERT STORY
エキスパートストーリー
ENTER OF ?NO ONE BETTER?
レーサー / 谷口 信輝
超絶技巧のドライビングと抜群のコントロールでドリフト、レースで大活躍!!?NO ONE BETTER?こと谷口信輝選手がエキスパートストーリーに登場。峠からレースに進出した独特な経歴を持つ彼に、これまでの道のりと驚異的なテクニックの秘密を聞いてみたゾ。
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エキスパートプロフィール
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<strong>谷口</strong> 信輝 写真

谷口信輝インタビューその1
ミニバイクレーサーNOB

> MSC(以下省略):今回のエキスパートストーリーは、D1やスーパーGT、S耐で活躍中のドライバー、谷口信輝選手です。本日は宜しくお願いします。

谷口(以下省略):こちらこそ。何でも聞いて下さい!

> ではさっそくですが、これまでのキャリアについて伺います。プロフィールによると少年時代にはBMX、ミニバイクレースを経験。それからドリフトに目覚めたということですが、いつから、どんなキッカケで乗り物系スポーツに興味をお持ちになったんでしょうか?

乗り物が好きなのは、親がクルマ好きだった影響も若干はあります。でも、始まりは小学生のとき、BMXを持っていた友達が、空き地でジャンプするのを見た時だったんじゃないかと思います。「ボクもBMXがやりたい!」っておじいちゃんにねだって買ってもらって、どんどんハマッていったんです。

> BMXにもいろんな競技やスタイルがあると思いますが・・・。

ボクが小さい頃にやっていたのはレーシングです。ダートコースでレースしたりジャンプしたりする競技です。小学校5、6年生のころは近所の空き地という空き地をスコップで掘りまくって、ジャンプ台やバンクを作って走っていました。

> Xゲームなんてまだない頃から、かなり時代を先取りしていたんですね。

中学生からはレーシングにプラス、フリースタイルも始めました。凄く大きなジャンプをしていたから、ハンドルやペダルがよく折れましたね。お小遣いは全部修理に消えるし、お金もいっぱいかかりましたけど、BMXにハマったおかげで、今の基礎体力ができたんじゃないかな〜って思っています。

BMX:バイシクルモトクロス(Bicycle Motocross)の略。オートバイのモトクロス競技を真似たのが始まりとされる自転車競技。レース、フリースタイル、バイクトライアル等の種目がある。

X-ゲーム(X-Games):アメリカのテレビチャンネル、「ESPN」が主催する、エクストリームスポーツの大会。BMX、スケートボード、インラインスケート、モトXなど、ジャンルごとに世界一を争う。アグレッシブかつ過激な競技スタイルは、若者を中心に各国で注目されている。
<strong>谷口</strong> 信輝 写真
> そのころにハマったスポーツはBMXのみですか?

中学生のときには、すでにモトクロスもやっていました。新聞配達のバイトをしてお金を貯めて、CR125っていうバイクを知り合いから安く譲ってもらったんです。それでコースや空き地を走っていました。オンロードよりも、もっぱらオフロード派でしたね。

> 中学生からモトクロスって、かなり早いスタートですね。

でも、16歳で原付の免許を取ってスクーターで峠を走るようになってからは、オンロード一色になりました。峠で最速を気取っていたんですけど、あるときバイク屋で、「ミニバイクレースに出てみない?」って誘われて、軽い気持ちで柳井スポーツランドというサーキットのレースにスクーターで出てみたんです。そのときの結果は28台中14位。メチャクチャ悔しくて・・・。

> ドライバー人生で最初の挫折ですね。

しかも第2戦までの1カ月の間に、ちょっとした事件があったんです。ボクのスクーターを友達が運転して峠を走っていたら、運悪く対向車とぶつかっちゃったんです。カラダは無傷だったけど、スクーターはグッチャグチャ。

> あ〜っ、やっちゃいましたね。

バイクもなくなったし、レースは諦めかけていたんです。そんなとき、バイク屋の兄ちゃんが、「オレのNSR貸してやろうか?」っていってくれたんです。しかも革ツナギのお下がりまでもらえることになったんです。

モトクロス:モーターバイクによるクロスカントリーレース

NSR:ホンダNSR50。コンパクトなサイズながらも本格的なスポーツライディングが味わえる、ミニバイクレースにおいて定番の車種。
<strong>谷口</strong> 信輝 写真
> 災い転じて本格的なレース活動が始まったんですねぇ。何かに導かれるかのような運命的なものを感じますよね。

初めて本格的なスタイルでサーキットを走って、初のヒザすりをそのときに経験しました(笑)。最初は38秒くらい。でも走るたびにタイムが上がっていって、37秒、36秒、そして35秒2までいったんです。当時の柳井でブッちぎりに速かった人のベストタイムが35秒1。驚いたバイク屋の兄ちゃんが、自分が走るのを忘れてボクのタイムを夢中で計っていました。

> いきなり才能の片鱗を窺わせるエピソードですね。

練習から戻ってバイク屋の社長に「35秒2が出たよ」っていったら、「嘘つけ! 出るわけないじゃん」って(笑)。でも、バイク屋の兄ちゃんが、「オレがタイムを計っていたから本当です」っていった途端、社長が「第2戦にウチのバイクで出てみるか?」って。その第2戦目では予選でポールを取って、決勝でも1位になりました。

> 2戦にして優勝するなんてタダモノじゃないですよ、やっぱり・・・。

そこから第3戦までに、またもやちょっとした事件・・・というかチャンスがあったんです。DJ1-RRっていうスクーターが下取りでバイク屋に入ってきて、ちょっと乗らせてもらったらコレがめちゃくちゃ速い! 「これでレースに出たら楽勝だね」って社長にいったら、「お前、スクーターだと遅いじゃん」って(笑)。ムカッときたんで、そのスクーターを借りて翌日サーキットに行ったんです。

<strong>谷口</strong> 信輝 写真
> 「ムカッ」ですか(笑)。当時から負けん気も人一倍だったんですね。

柳井ではスクーターのトップタイムは37秒台くらい。ボクがDJ1-RRに乗ったら36秒5。ブッちぎりのタイムが出たんです。バイク屋で「36秒5が出たよ」っていったら、またまた社長に「嘘つけ!」っていわれて(笑)。でも、第3戦はNSR50とDJ1-RRでダブルエントリーしてどっちのレースも勝ちました。そこからは地元、広島県のミニバイクレースで勝ちまくっていましたね。

> その当時、全国レベルの大会に出場するチャンスは?

18歳の時に、ホンダが主催するミニバイクレースの全国大会があったんです。まず広島県代表を決める予選に出場して、NSR50スプリント、耐久、スクーターの3種目で本戦出場の権利を取りました。鈴鹿の全国大会は140台が一気にスタートするようなレースなんですけど、スクーターでもNSR50でも1位になりました。

> 2輪の業界内で引く手あまたの状態だったんじゃないですか?

でも当時はレーサーになる気もさらさらなかったんですけどね。そのころのボクは、レースは趣味でやるには楽しいけど、仕事にするとしがらみとか責任があって面倒だなって思っていたんです。ミニバイクレースで成績がよかったから、大きいバイクのレーシングチームから誘いもありました。でも、「イヤだ! ボクは趣味でレースをやっていく!」って断っていたんです。

> そんな夢のような話を断るなんて、もったいないとは思いませんでした?

ホント、そうですよね。生意気なことをいっておきながら、今はどっぷり4輪レースの世界にいますから(笑)。当時のボクを知っている人が見たら、「あれ?」って感じでしょうね。たまに「あのままバイクの世界に行っとけばよかったんじゃないか?」って思ったりすることも・・・あっ、これ冗談ですよ(笑)。

DJ1-RR:80年代にスポーティーな走りとスタイリングで人気だったホンダのスクーター、DJ-1シリーズのハイスペックバージョン。当時のミニバイクレースにおいては最強、最速のマシンであった。


エキスパートプロフィール
取材日:2005年8月22日
連載期間:2005年9月13日〜10月5日(全4回)




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