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エキスパートストーリー

常に全開! MAX織戸のレーサー一筋人生!! (1/4)
レーサー/織戸 学

小さい頃からレーサーになることを夢見て、その夢を実現させた男MAX織戸。誰にも負けないアクセルの踏みっぷりの良さとそのドライビングテクニックで、スーパーGT500クラスドライバーまで駆け上がった。そんな織戸 学選手の「熱い」全開人生のすべてを聞いてきたゾ!
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エキスパートプロフィール
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小さい頃からレーサーになることを夢見て、その夢を実現させた男MAX織戸。誰にも負けないアクセルの踏みっぷりの良さとそのドライビングテクニックで、スーパーGT500クラスドライバーまで駆け上がった。そんな織戸学選手の「熱い」全開人生のすべてを聞いてきたゾ!

織戸 学インタビューその1
「レーサーを夢見続けた少年時代」

> MSC(以下省略):バイクやクルマといったモーター関係に興味を持ったのはいつ頃からなのですか?

織戸(以下省略): 僕は田舎に住んでいたから、男の子はみんな乗り物が大好きでしたね。僕も例外ではなく、乗り物が大好きでした。そのなかでもクルマが好きで、トランザムといったアメ車に特に興味を持っていましたね。僕らが小さい頃は、アメリカのドラマが日本で流行っていて、それでアメ車に魅了されていました。日本のドラマでも当時は西部警察っていうのもあったけど、アメリカのカーチェイスものっていうのが小さかった僕にはあこがれでした。その頃家の近所に、トランザムに乗っている人がいて「すごくカッコイイな」と純粋に思っていました。
小学校の頃、兄貴のおさがりの自転車に乗っていて、それを毎日磨いていましたね。あるとき親父に「自分の自転車が欲しい」と言ったんです。滅多にモノを買ってくれなかった親父ですが、そのときはその日に自転車を買ってくれたんです。それまで僕はモノを大切にしていたからだと思うのですが、すぐ買ってくれたことが嬉しかった。本当に嬉しかったのを今でも覚えていますよ。
そんな感じで周りにいた友達と自転車に乗って遊ぶ、いわば普通の少年だったんです


> レーサーになりたいと思ったのは、いつ頃だったのですか?

 小学校2年生のときですね。

> その頃から速く走りたいという気持ちを持っていたんですね。

 速く走りたいとかは、まだ思っていなくて「レーサーはカッコイイ!」と単純に思ったんです。当時、松本恵二さんがキャビン、星野和義さんがラークといった形で、レーサーがテレビのコマーシャルにも登場していた時代で、レースの番組もテレビでやっていた時代でした。自然とそういうのを見ていたから、小さい頃はパイロットかレーサーになりたいと思っていました。
 そんな感じだったから、小学校3年生の文集には「将来の夢はレーサーの英雄になりたい」と書いていましたね。レーサーになりたいという夢は、テレビだけでなくマンガの影響もありました。

> やはり「サーキットの狼」ですか

僕のなかでの一番は「グランプリの鷹」ですね。その頃は授業中にレーシングカーやクルマの絵を描くような子供でしたね。

> 今でもバイクは好きだと思いますが、当時もクルマだけでなくバイクにも興味があったのですか

小学校高学年くらいからは、兄貴がバイクに乗っていたということもあって興味がありましたね。エンジンをかけさせてもらったり、またがせてもらったりしていました。中学校に入ったくらいではかなりバイクという乗り物にも興味がありました。そういったことからも自転車は何台も改造したりして乗っていました。でもちゃんとしたロードタイプの20段変速といったものではなく、ママチャリを改造したりしていましたね。色を塗ったり、一杯ライトを付けたりして……。

まさにそれはトラック野郎ゴッコですね。でもそれだけでなく、モトクロス仕様といって、モトクロスの自転車は買えないから、ママチャリの部品を全部外して、それっぽく作ったりして遊んでました。それに兄がいたからお下がりの自転車とかをもらっては、スポーツタイプの自転車にママチャリ自転車の前輪を付けてホットロッド仕様の自転車を作ったりもしてましたね。それは当然前ブレーキは使えませんでしたが……。

> バイクはお兄さんからの影響ですか

バイクは改造してどうこうということは思っていませんでしたね。ただ小さい頃から身近にあったので、バイクに乗れるようになったら、ちょっとバイクにハマっていた時期もありました。
でも兄が4輪免許を取得して、スカイライン・ジャパンターボを購入したんです。車高を下げて結構カッコ良く仕上げていましたね。それで色々なところに走りに連れて行ってもらいました。僕が中学校くらいのときに、首都高に行ったり、湾岸に行ったり……。その頃はタイヤをハの字にして太いタイヤを履いているクルマばかり、兄の周りに集まっていましたね。

> 自分でエンジンの付いたモノを手に入れたのはいつ頃ですか

高校に入って、僕は部活をやっていたのだけれど、僕らの高校時代っていうのは3ナイ運動っていうのが盛んだった頃で、それでも、一応現付免許を取得しました。案の定3日で免許を取得したことがバレて、親を呼ばれて停学になって免許を没収されて……。3ナイ運動っていうのは、免許(バイク)は「取るな・乗るな・買うな」って奴ね。だからその頃だよね、バイクだったけどエンジンの付いたものを手に入れたっていうのは……。
具体的に言うとスズキのRG50Eというバイクだったんですよ。それを色々と改造してね。その後に乗ったのが、RZ50。そんなのも改造して走りまわっていたんですが、50ccだとつまらなくなってきて、たまたま250ccのRG-Γ(ガンマ)を安く譲ってくれるっていうので、RG250Γの初期型を買ったんです。それで峠とか首都高とかそのバイクで行ってましたね。


> ちなみに部活は何をやっていたのですか?

野球を小さい頃からやっていたので、中学校までは野球部に入っていましたね。高校に入ってからは、当時の野球部というのは坊主(丸刈り)にするのが規則だったんですけど、どうも坊主頭にするのは嫌で、野球部には入りませんでした。だけど何か運動部に入っていたくて、バスケット部に入りましたね。だけどやっぱりバスケは僕の肌には合いませんでした。それから夏の甲子園の予選を応援に行ったんですけど、そのグランドにいる選手が異常にカッコ良く見えて、そこでまた野球部に入りましたね、もちろん坊主頭にしてね。だけどヒザを怪我してしてしまって、結局高校2年生の途中で野球はやめてしまったんですけど、ね。

> バイクからクルマへ……その機転というのはいつ頃ですか?

高校3年生の時に取り上げられていた免許を返してくれといったんですよ。それはどうしてかというと、当時からオレはレーサーになると決めていたから。だから担任に「レーサーになるんだから、免許を返してくれ」とストレートに言いました。
でも担任は「そんなの無理だ」と突っ返されて、でもオレはそこで負けずに「それでもレーサーになるためには免許は必要だから返してくれ」と言ったんです。そうしたら担任は「その気持ちを作文に書いて来い。そうしたら校長先生に持っていくから」と言われました。オレは書きましたよ、延々10枚くらい書きました。そうしたら他の人には内緒で免許を返してもらいました。

> ということは、小学校2年生のときから、「レーサーになる!」という夢は持続していたんですね。

でも当時だって本気で「レーサー」になんてなれっこないと思っていたから、色々な他のことをやりましたよ。バンドをやってみたりサーフィンをやったり……。とにかくバンドをやってプロのロックンローラーになってそれで稼いでレーサーになろうだとか、サーフィンでプロになってそのお金でレーサーになろうとか、考えていましたね。

> 常に織戸さんの頭のなかには「レーサー」というものがあったんですね。


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