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> クルマに乗るきっかけとなったのはどんなことだったのですか。
クルマは、高校3年のときに免許証を返してもらってから、すぐに免許を取得しに教習所に行きました。それまではバイクにばっかり乗っていたから、実際にはクルマに興味が無くなりかけていたんですよ。根底には4輪のレーサーを目指していたという部分はもちろんあったのですが、その頃実は2輪のレーサーを目指していたりしたんですよね。やりだすと一直線なところがあるからね。だからクルマの免許は取ったけど、その頃の僕はバイクばっかりでしたね。
> 18歳から少しの間は、バイクにのめり込んでしまったのですね。
20歳までは、バイクとサーフィンに明け暮れた毎日でした。そんな感じだったので、湾岸地帯の走り屋としてバイクで走ったり、色々な峠や走り屋スポットと呼ばれた場所にも遠征に行ったりしました。しかしこんなことをやっていても上にはいけないと思い、筑波サーキットでノービスのライセンスを取って走ったりもしました。しかし一緒にサーキットに走りに行ってくれる友達もいない。そんなことをやりながらも「つまらないな……」と思うようになっていたのも事実。
ちょうどその頃、僕は自動車整備の専門学校に行っていたのですが、学校で土屋圭市さんの峠のビデオを見たんですよ。このビデオを見たときの衝撃はハンパじゃなかったですね。「何だ、これは……」と正直思いました。それまで頭から抜けていた4輪というものが甦ってきました。初めて見たドリフト……それから僕のなかでクルマ一色となりました。
> 最初に手に入れたクルマは何だったのですか。
最初はZ31でしたね。そのクルマで湾岸とかにも走りに行きましたが、どちらかというと普通に乗っていたという感じでしたね。でも土屋さんのビデオを見てからは、ハチロクに乗り換えました。ハチロクを購入した日に「デフ」を組んで走りに行きました。正直そのときは「デフを組めばドリフトは出来る」と簡単に思っていましたね。でも案の定ぶつかって……。損傷はフロント回りだったので、解体屋から部品を調達してすぐ直したんですが、それから本当にクルマでの「走り」という部分にのめり込みましたね、本気で……。
> それが20歳くらいのときだったのですね。
20歳ちょっと手前くらい前だったかな。そのハチロクは黒・銀のレビンでした。あの頃は高かったね。ひょっとしたら新車より高かったんじゃない?
> たしかその当時だと思うのですが、「ハチロクに乗って速い奴が千葉にいる」っていう噂を聞いたことがありました。それはやはり織戸さんだったのですね。
その頃の僕はちょっとキレていたから……たぶん、そうでしょう。走り始めの一発目で僕はハチロクでクラッシュしてしまったから、みんなが走るスポットではなく、裏方で練習しました。ここで練習してから表の舞台に行くんだと、自分のなかでくだらないストーリーを決めて練習をしました。当時目立って走っていた奴らは、チームを組んだりしていましたが、僕は一切そういったものには入りませんでしたね。 2輪でやっていた頃の仲間だった奴らでしたが、僕はチームとか組むのが、当時好きではなかったのです。練習といえば駐車場とかでやりました。その頃僕の友達がジムカーナをやっていたのでそんな仲間とパイロンを並べて8の字をやったり、タイムを計ったりして、とにかく練習しましたね。それでそこからジムカーナにもハマって、働いていたところもジムカーナショップに転職し、ジムカーナの競技にも出場するようになりました。
> それが4輪レーサーへの事実上の第一歩だったのですね。
ジムカーナは最初ダメだったけど、何度か出場するようになってからは何度も1番を取るようになって……そうなると今度はジムカーナに飽きてしまって……まだ若かったから気持ちのなかでは「もっとハデにかましたい!」という気持ちが沸々と出てしまったのですね。そうなると今度は、正式に走り屋デビューですよ。
当時乗っていたハチロクを、車高短にしてマフラーを換えて……と、そういったことで手を加えていってクルマも走り屋仕様と呼ばれるものになっていきました。
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